梨木香歩「家守綺譚」のサルスベリ
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夏、輝く青い空に負けない華やかさで、ふわふわとしたピンク色に花を咲かせている庭木をご覧になったことはありませんか?
今回は、暑い夏に涼しい風を吹き込んでくれるような、しっとりした情感が美しい小説「家守綺譚」とサルスベリの花をご紹介いたします。
懐かしい幻想の日本
梨木香歩の「家守綺譚」
左は、学士綿貫征四郎の著述せしもの。
小指の先ほどの厚さもない、軽くてふにゃっとした文庫本「家守綺譚」は、本屋さんはもちろん、古本屋さんの表に出ているカートなどでもよく見かける人気の小説です。
主人公は綿貫征四郎、作家志望の青年です。
学業を修めてから、英語の非常勤講師などをしながら食いつないでいるとき、行方不明になった学生時代の友人高堂の父親から「家の守をしてくれないか」と持ち掛けられ、物語がスタートします。
綿貫が住んで手入れをしてくれと頼まれたのは、たぶん京都と琵琶湖のあいだの山科にあるのだろうなぁと思われる、庭と池と電燈のある二階建ての一軒家。
その家の庭に面した縁側から、池を挟んで向こう側に植わっているのがサルスベリの木です。
サルスベリってどんな木?
ではまず、学士綿貫征四郎氏が庭のサルスベリについて述べるところを確認しておきましょう。
〈サルスベリというぐらいであるから、木肌はすべすべとしていて撫でると誠に気持ちがよろしい。(中略)腕を伸ばして頭の上ぐらいから手のひらを滑らすとするするつるつると、なんのつっかえもなくなめらかにしっとりと足元まで撫でることが可能である。木肌の多少の起伏も感触に興趣を添える〉
〈サルスベリの花は、桜よりも濃いめの上品な桃色をしている。それが総となり、風が吹くと座敷の硝子戸を微かな音でたたく〉
なるほど、こんな庭木です。
サルスベリを漢字で書くと「猿滑」、または「百日紅」。
「猿滑」はその木肌のつやつやした滑らかさから、木登り上手のサルだって滑り落ちてしまうだろうというネーミング。
「百日紅」は、初夏から秋にかけての長い期間、褪せることなく赤い花を咲かせ続けることに由来します。
また「紫薇(しび)」と書かれることもあるのですが、これはちょっと中華テイスト。
白居易の七言絶句「紫薇花」という作品は、サルスベリがたくさん植えられていたことから「紫薇省」と呼ばれていたお役所に勤めていた時代のことを歌っています。
漢文にも登場するサルスベリの原産地は、中国南部です。
日当たりのいいところに植える必要はありますが、サルスベリは育てやすいとされているうえに、華やかさたっぷりなので、玄関先や庭の手前のほうなど、目立つところで主役を張る庭木として人気です。
丸っこいツボミから、夏の訪れとともに、ふわふわフリフリのレースのような花を咲かせ、秋になれば紅葉することもあるサルスベリには、どちらかといえば女性的な雰囲気の美があります。
サルスベリのやつが、
おまえに懸想をしている。
では「家守綺譚」のサルスベリに話を戻しますと、なんと彼女は新しくやって来た家守の綿貫に恋をします。
――サルスベリのやつが、いまえに懸想をしている。
――……ふむ。
そのことを綿貫に教えてくれたのは、なんと行方不明になった高堂。本来ならばこの家に住んでいるはずだった、綿貫の親友です。
近隣の住人が〈このサルスベリがこのように隆盛に咲いている様は初めて見た〉というほど、綿貫が移り住んできた年のサルスベリはゴージャスに咲き乱れます。
そこまではよかったのですが、化けていた……。
裏側から見ると幹が大きくえぐれて、皮一枚でかろうじて生きているような古木ですもんね。化けることもあるでしょう。
それを不用意に撫でさすってかわいがったりしたものだから、風雨の夜にガラス窓に体当たりするほど揺れて「……イレテオクレヨウ……」とすすり泣きます。
かなり怖い。
それを見かねて助けに来てくれた高堂が、いったいどこから登場するのかといえば、なんと掛け軸の中から。
床の間に飾ってある、水辺を描いた掛け軸の奥から漕いで来るボートに、行方不明になった親友の姿をみとめて、綿貫が思わずかけた「逝ってしまったのではなかったのか」っていう言葉が、私はなんだかじーんと好きですし、それに悪びれもしないで「なに、雨に紛れて漕いできたのだ」なんて答える高堂も、物語にちりばめられている不思議を当たり前に受け入れさせてくれる道案内役として、とてもステキだなぁって思います。
とりあえず、高堂のアドバイスを活かして、綿貫とサルスベリはいい感じの距離感(家守と庭木)として上手くやっていくことができるようになりました。
このエピソードが、連作掌編小説「家守綺譚」の第1話です。
文明と自然の縁にある
四季の巡る日本
サルスベリから始まって、白木蓮、都わすれ、木槿、ヒツジグサ、ツリガネニンジン、ダァリヤ(ダリア)……と、綿貫の暮らす高堂の家は四季折々の草木に取り巻かれて、それだけでも魅力的。
そこへ懸想する花の精だとか、ふと訪れるボート事故で死んだ友人だとか、狸だとか、人魚だとか、河童だとか、秋の女神竜田姫だとか、当たり前みたいに現れる(私たちには)不思議な存在が加わって、物語はいよいよ切ない懐かしさとともに盛り上がっていきます。
ちなみにサルスベリちゃんは、ほかのお話のなかにもチラチラと姿を見せてくれるので、再会できるとなんだか嬉しくなります。
あまりネタバレをするものではないと思うので、具体的なことは伏せさせていただきますが、とくに格好いいエピソードがあるので、ぜひ楽しみにしていただきたいと思います。
短編集と紹介されることが多い小さな本ですが、読みごたえは抜群。
高堂の失踪という背骨が物語を支えているので、クライマックスを飾る「葡萄」までたどり着いたときには、ぐっと感動を覚えるはずです。
文庫版の巻末には、綿貫征四郎が月刊誌に投稿したエッセイというかたちで『烏〓苺記(やぶがらしのき)』という作品も収録されているのですが、これもぜひお読みいただきたいなぁって思います。
ここだけは古めかしい書きぶりになっていて、ちょっと読みにくいかも知れないのですが、時間の止まったような「葡萄」に描かれる湖の世界と、すべてのものがカタチを変えて巡り続ける綿貫の世界との対比が、とても美しいと思いました。
読書感想文の題材にもオススメです。
国語が得意なら小学校の高学年くらいからでも読めると思います。
私はこのまま一生を通じて、折に触れて何度でも読み返す予定です。
光のなかに花を浮かべる
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